2011年開業当初のできごと

 

私が小さいながらも大切な自分の治療院を持ったのは、2011年3月1日のことです。

”2011年3月”と聞いて、日本人ならばピンと来ない方はいないと思います。

 

そうです。

東日本大震災のあの月です。

あの月に私は自分の治療院の経営を始めました。

開業後11日目で、施術中に揺れました。

 

幸いにして、私の治療院は東京にあるため、東北の方と比べれば揺れは小さかったと思われるものの、それでもかなりの揺れはあり、開業お祝いムードでご来院して頂いていたクライアントさんのご予約は全てキャンセルになりました。

 

その時に、キャンセルと逆行して、震災の日から毎日、ご来院頂いた方がいらっしゃいました。

そのときのことをフリーマガジン『GORROTTO』に掲載して頂きました。

それがこちらで、と言っても読みづらいかと思います。

テキスト化したものを、載せておきますね。

 

福の神の話

 

一駅分、トコトコトコトコ早歩きで30分、汗びっしょりに なってやってくるYさん。

治療院にいつも大きな声で「こんちゃー」と言って、入ってきます。

Yさんという70代半ばの、以前の治療院からの男性患者さんです。

ウィットの効いたジョークが大好きで、いつもヒヒヒヒヒーと笑っています。

一緒にいるだけでなぜか楽しくなってしまう方です。

そんなYさんに震災後の一番苦しいとき、私は助けてもらいました。

 

私は今年の3月1日、鍼灸とリラクゼーションマッサージの治療院を東京の自由が丘に開きました。

開業から10日過ぎ、以前からのクライアントさんが 少しずついらしてくださっていて、なんとかやっていけるかな?と思った矢先の3月11日、東日本大震災がありました。

 

幸いにも当治療院は全く被害がありませんでした。
しかしその後、わずかに入っていたご予約がすべ てキャンセルになりました。

当たり前と言えば当たり前なのですが…。

しかし、震災の翌12日から4日間連続で、通院してこられた方がいました。

まるで地震がなかったかのように…。

それが、「こんちゃー」のYさんでした。

 

Yさんはイギリスのコメディアン、ローワン・アトキンソンに似ています。

Mr.Beanと言ったら分かる方も多いかと思います。
YさんはMr.Beanが少し年を取って、おなかがぽっこりして、髪の毛がややうっすらして眼鏡をかけた感じです。
動きもMr.Beanにとても似ています。

いつもゼンマイで動く人形のようにトコトコトコトコと歩き、パタパタパタパタと着替え、コトンと施術用ベッドに倒れこみます。

Yさんはほとんどの方がキャンセルされる中、震災の翌日から他の方の動きと逆行するように足繁く来院されるようになりました。

震災翌日にいらしたYさんはまるで震災などなかったかのようにお話をされていました。

ただ5月に海外旅行に行きたいので、それに間に合うように腰痛を治したいとのこと。
翌日のご予約も入れていかれました。

 

明日がどうなるかわからないような状況下でYさんは特に何も変わりません。

翌日もごくごく普通に「こんちゃー」と元気のいい声とともにトコトコやってきて、「まだ治りませんよー」とおっしゃいます。

3日目も4日目も、相変わらずのYさんで、Yさんといる時間は、まるで震災がなかったのではないかと思うくらい、ゆったりとした時間が流れました。

Yさんは施術が始まって15分くらいモーレツな勢いでお話をするとその後はコトンと 静かになり、こんこんとおやすみになります。

だいぶおつらい風を訴えてはいらっしゃいましたが、実は震災後のうちの治療院の窮乏具合を心配して下さっているような気もしました。

「もしかしたら…」というより、きっとその方が強かったのではないかと思います。

Yさんが「この治療院は誰も来なくて可哀想だから…」とか、「どうせ暇なんでしょ…」とか、そんなことをおっしゃったわけではありません。

努めて真撃に「ワタクシの調子が上がるまで少し通わせて頂きます」とおっしゃっただけです。

 

でも、私には分かっていたのです。
分かっていましたが私も曲がりなりにもプロなので、わざわざ来て下さって…という態度はとらないようにしました。

感謝の思いを抱きつつ、毎回、私の最大限の施術をさせて頂き、最後にごくごくいつも通りに、
「お大事にしてください。お気を付けて」
とお声がけしていました。

 

以前の治療院に在籍していた頃、私が「開業するのでもうすぐここを辞めます」とお伝えして、
「でもうまく行くかどうか…」と少し弱気なことをつぶやいた時、
「大丈夫です。比良田さんなら、きっとうまく行きますって! 安心してください!」
と元気づけてくださったYさんでした。

それでもその頃は、「安心してください!」の言葉に深い意味があるとは思っていませんでした。
普通に、一般的な励ましなのだと思っていました。

 

しかし、Yさんの「安心してください!」の意味が震災後にわかりました。

 

こつこつ4日間連続でいらして、その後も一週間あけることなくこまめに来院して下さいました。
今現在は10日に1回くらいお身体のメンテナンスにいらしています。

徐々に腰痛も快方に向かい、無事に5月の海外旅行にも行かれたようです。

今も「どうですか? 混んでいますか? 混んでしまったら、事前に文書で申請しないと比良田さんの治療は受けられなくなりますね~ヒヒヒヒヒ~」と、笑ゥせぇるすまん、いや笑う福の神のごとく来院されています。

フリーマガジン『GORROTTO』より

 

2011年の秋頃にフリーペーパーに投稿させて頂いたコラムで、既にテキストの原稿がないため、スキャニング&OCRで読み取りました。

チェックはしていますが、まだ誤字・抜け字があるかもしれません。ご了承ください。

 

このYさんに関して、続きがあるのですが、それはまた後日。

震災直後に足しげく治療院に通院されたYさんのその後について。