前回の

『震災直後に足しげく治療院に通院されたYさんのその後について』の前置き

の続きです。

 

2015年3月、旅に出る前に一番、気になったこと。

 

それはクライアントさんとの別れ。

しかし、自分がやってみたいと思うことを誰かのせいでできなかったという人生にはしたくないと思い、思い切って旅に出ることにしました。

 

一番、気になっていたのは、先日書いたYさんのこと。

奥様が先立たれていて、年齢は80歳を過ぎていました。

震災の時はもちろん、その後も、「あれ? 最近いらっしゃらないな?」と思っては、また来院され、時に日を開けず来院され、またパタッといらっしゃらなくなり、そしてまた一か月空けることなく来院されていたYさん。

心配もしてくださり、またこちらも気になっていました。

 

そして、旅に出ることを話した時に、一番悲しんでくださり、残念がってくださり、また「若いうちに(もう若くはないのですが、Yさんにしたら半分くらいの年齢なので若いそうです)、他の国を見てきた方がいい」と言って、一番応援してくださり、何度も何度も送別会をしてくださいました。

 

 

そして、その1年3か月後、私は日本に帰国。

 

帰国後、2か月目の2016年8月に物件を決め、9月に再び小さく開業することにしました。

 

Yさんにご連絡すべきか迷っていました。

 

なぜか…

『新しい治療院は階段しかないマンションの3階であること』

それが一番のネックでした。

新しい治療院の物件を探している時に、駅徒歩5分以内、階段ならば2階までと考えていました。

しかし、なかなか家賃の折り合いと、しばらく無職であったワケの分からない人(私)に普通に部屋を貸してくれる大家さんはいません。

しかも治療院をやりたいとなると、なおさら難関です。

路面店で開業するのが一番良いのですが、自由が丘で路面店というのは、かなりお金がかかります(資金1000万円が余裕で用意できると、イケるかもしれません。うーん足りないかな??)。

事務所可となっている物件も、「治療院なのですが…」と言うと「不特定多数の出入りが結構あるんですよね?」と聞かれ、「いやいや、そんなにたくさん患者さんが来る治療院ではないんですよ。ははははは…」と言っても、難しいです。

何のコネクションもなく普通に調べたら、条件が合い、大家さんも気持ち良く「どうぞ!」と言ってくださる物件は自由が丘近辺だと、時期にもよりますが、100軒に1軒です。

前回の2011年の開業の時もそうでした。

 

そして、一番、気持ちよく部屋を貸して下さるとおっしゃったのがこの今現在、私の治療院が入っているマンションの大家さんなのです。

 

ここしかない!と決断し、しかし、年配のクライアントさんには言いづらいなというのは、非常に考えました。

しかし、もしどうしても比良田の施術が受けたいと言ってくださる年配のクライアントさんがいらっしゃるならば、出張治療で伺おうと思いました。

そうは言っても、なかなかそれをいつ伝えようかと考えていました。

それに、私が1年3か月、日本を不在にしている間に、みなさん他にいい治療院を見つけているだろうなと考えていました(この件に関しては、他の若いクライアントさんも同じです。当然のことです)。

 

 

そういうもの?

 

2016年8月のある日、不動産屋さんとの手続きを終えて、考えごとをしながら自由が丘駅の前を通りがかった時に向こうからYさんにそっくりな人が歩いてきました。

 

はっ?

 

んっ?

 

おっ?

 

 

Yさんでした(笑)

 

 

たまたま不動産屋の手続きをし終えて、家に帰るところにYさん。

一番心配してくださっていたYさん。

Yさんもびっくり。自由が丘ってそんなに狭かったかな?

 

「あれー? 昼間からオバケですかね?」

「Yさんの方がオバケですか?」

 

まだ現世での修行が足りていないようで、二人ともオバケではないようでした(汗)

 

そして、「お恥ずかしながら、日本へ帰って参りました!」とお伝えしたところ、

「おぉ、無事で良かったですー!」と言ってくださり、「また自由が丘で、仕事を始めるの?」と聞かれ、

「はい、そうです。しかし…3階なのです。階段なのです。どうしましょう? 出張施術で伺います!」とお伝えしたところ、

「僕、伺いますよ。階段で3階が上れなくなったら、人生おしまいです!」とのことでした。

感謝感激でございます。

そして、ウソ偽りなく、きちんとご来院されていました。

 

 

が、

 

2週間空けることなくご来院されていたYさんから急にご予約のご連絡が来なくなりました。

スタッフと、「Yさん、新しくいい治療院を見つけたのかな? 体調がいいのかな? そうだといいね」と話していました。

 

しかし、一か月ご連絡がないので、ちょっと気になり、ご挨拶がてら、お電話をしてみました。

 

出ません。

 

また掛けてみました。

 

出ません。

 

今度はお手紙を書いてみました。

 

お返事はありません。

 

 

「旅行でも行ったのかね?」とスタッフと話していました。

しかし「最近はもう旅行に行くのも億劫でねぇ…」と、何度かおっしゃっていたのが気になりました。

スタッフと「でも旅行だよね! お友達がたくさんいるから、誘われて避暑地にでも行ってるんだろうね」と話し、また数日経って、電話をかけてみました。

 

あれ? 長い旅行だなぁ…。

ん?

 

と思い、以前も風邪をひかれて出張施術に伺ったことがあったので、ご自宅まで伺ってみることにしました。

不在の様子。

むむ?

あれ?大丈夫かな?

大丈夫ではないかもな??

と考えるようになりました。

 

今度は、管理人さんがいる時間に伺ってみました。

そして、「Yさんは、お元気でしょうか? あの……ご存命でしょうか?」と伺ったところ、

 

「Yさん…お元気ではいます…」

 

とおっしゃったところで、管理人さんにも守秘義務があるようだったので、それ以上は伺いませんでした。

 

「お元気ではいます…」→「??」とは思いましたが、しかし、お元気ではあるとのこと。

「あぁ良かった」と安心しました。

しかし、何が起こったのだろう?と考えていたら、その翌日、Yさんからお手紙が届きました。

 

お手紙には

前略 ~~

夕方、神社で散歩をしていたら地面に穴が開いていて、それに気付かず、転んで足にケガをしてしまいました。

〇〇病院に入院することになり、9月まではここにいることになりました。お見舞いなどはお断りしております。

また、元気になったら、伺います。今年の夏は暑いようなので、病院は涼しくてちょうど良かったです。

ヒラタさんも何卒、ご自愛ください。では。  Y 

と書いてありました。

 

なるほど!

 

そういうこと!?

 

というワケで、スタッフと一緒にお見舞いに行くことにしました。

お見舞い来ないでねと書いてありましたが、やはりご挨拶に伺うことにしました。

お会いしたら、足以外はお元気でした。

お見舞いも喜んでくださいました(いやほんとに!)。

 

その後、Yさんは約2か月ほど入院されていました。

 

その間に、私の旅行記ブログをプリントアウトした物を病院宛てに数回に分けて送らせて頂きました。

青い鳥を探しに…

これね。

 

普段、Yさんはパソコンを使わない方なので、私のブログを読んだことがなく、とても喜んでくださいました(いやほんとに!!)。

それと、2011年にYさんのことを書かせて頂いたフリーマガジン『GORROTTO』も送らせて頂きました。

(あ、もちろん、2011年の時点で、Yさんに「無料冊子ににYさんのことを書かせて頂きます」とお伝えし、ご了解を頂いております。「僕で何かお役に立てるならば、なーんでも、書いて結構!」とのことでした…素晴らしい。)

 

最後に、お見舞いに伺った時にベッドサイドに『GORROTTO』が置いてありました。

Yさんのイラストが描いてあります。

(『震災直後に足しげく治療院に通院されたYさんのその後について』の前置き 参照)

 

ナースの方や介護の方に「これ僕なんだって! 似てるかなぁ?」と見せて、楽しんでいらっしゃるようでした。

 

 

良かった!

 

 

そんなこんなで、Yさんの足の治療は全て終わり、無事に退院され、「僕、クレアさんに伺います!」とおっしゃって頂いたのですが、さすがに足を怪我されて間もないご年配に3階まで階段を上らせる訳には行かないので、時々、出張施術に伺うことになりました。

 

 

最後に

 

こういう言い方は変かもしれませんが…

 

生きてるって素晴らしい……